救われているのは誰?


こんにちは、もしくは、こんばんは。



ハッピーライフ研究家のさんちゃんです。



今回のテーマは「救われているのは誰?」でございます。



自分が誰かに(何かに)助けられた時、すごく嬉しくなりますよね?



「ありがとうございますー!!」と心から感謝したくなると思うんです。



さんちゃんも多くの人や多くのモノに助けられて、



今の「はぴはぴさんちゃん」が出来上がりました。



そういう経験をした後に、頭に浮かんだのが



「自分も誰かの役に立たなきゃ!」



だったんです。



「私はこういう経験をして上手くいった」

「だから、今度は同じ悩みを持つ人に教えてあげたい」

「そして、今、苦しんでいる人たちを救ってあげたい」



的な。



この思考の3番目、「救ってあげたい」と考えていた過去の自分を



本日は懺悔したいと思います。



一言で表現するなら



なんという思い上がり!傲慢なの…!



でございます。



「救ってあげたい」って美しい考えのように思えるんですけど…



さんちゃんは



「自分が救われたくて、そう思ってる所あるんじゃね?」



と気付いちゃったんです。



例えば…「誰かを救いたい」という気持ちで何らかの行動を取ったとします。



そして、誰かの役に立ち、

「ありがとうございます!あなたのお陰で救われました!」

と言われたとします。



その時、「嬉しさ」を実感すると同時に



「救われました」という言葉を言われた自分が「救われる」



が生まれるなと思ったんです。



それがいけないコトとか悪いコトって言ってるんじゃないですよ?



そもそも、「いけないコト」「悪いコト」なんてないと思ってますから。

絶対的な善悪はないと思ってますから。詳しくはコチラをどうぞ)



ただ「救ってあげたい」という感情で行動するのが、



さんちゃんにとっては違和感を覚えるのです。



何て言うんでしょ、



自分を満たす為の体のいい大義名分を掲げてる



ように感じたんです。



「救われました」という言葉が聞きたくて、誰かを救おうとする。



それってホントに誰かを救いたいと思ってるのかしら?と。



自分が救われたくて、やってるんじゃないのかしら?と。



誰かの役に立つことで、自分の存在意義を満たそうとしているんじゃないのかしら?と。



さんちゃんは思ってしまったのであります。



そーなったら、もう、その考えが



おこがましいの、なんの。

(※あくまで、さんちゃん個人の体感であります)



美味しいモノを食べたら、人に紹介したくなりますよね。



肌がツルツルになる化粧品を知ったら、「みんなも使ってみて!」って言いたくなる。



それはイイんです。だけど…



それを良いと思うかどうかは、その人が決めるコト



が大前提なんですよね。あったり前田のクラッカーなんですが。



ハッピーライフ研究家の心得は、



さんちゃんの人生を「はぴはぴ」状態にしてくれたミラクルマインドなので



これからもどんどん紹介していきたいと思います。



だけど、それを用いて「誰かを救いたい」とは思っていないんです。



結果論として、「さんちゃんの考え方に救われました!」と思って頂けたら、



とっても嬉しい。そんな感じです。



てな訳で。



これからも



「そんなんで生きていけるんだ」


「それでアリなんだ」


「アハハハハハ」



と思って頂ける方と繋がれるようなブログを更新して参りたいと思います♪






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